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乾坤花
豪雨の激しさに心驚きながらも、夏の訪れに胸躍らせていた私の耳にふと聞こえてきたのは

雨音をかき消すほどに強い「天からの言葉」でした。

「けんこんか」

なんだろう……

意味のない言葉などない、という信念に基づき
天からの言葉を調べ始めたのはすでに真夜中でした。



「乾坤一擲」
「けんこんいってき」と読みます。

中国の全唐詩にある故事の1つで「運命を懸けてのるかそるかの勝負をすること」という意味があるそうです。


竜疲れ虎困じて川原に割ち
億万の蒼生、性命を存す
誰か君王に馬首を回らすを勧めて
真に一擲を成して乾坤を賭せん

という詩に由来しているそうですが、

乾坤とは易の卦で、ここでは「天と地」のこと。
乾の乾は"天"を、坤は"地"を表していて、最後の”真に〜賭せん”の意味は、”さいころを投げて天(奇数)が出るか地(偶数)が出るか運命を賭ける” という意味なのだそうです。


影光花

さて「乾坤一擲」という言葉を調べながらその意味合いを引用してみると

「天と地に自分の運命をかけて挑む花」というように解釈できるのかな、と思いました。

さらに調べ進めると、今度は「乾坤院」というお寺が見つかりました。
愛知県知多郡にあるそうです。

乾坤院の由来には

「乾(戌亥)は西北、坤(未申)は南西の方角をそれぞれ表わす。今から500年余前の創建時、緒川城からみて、当山がその方角の中間に位置したため、この名がついたとい伝えられている。また「乾坤」が壮大な天地をも意味することから、山号を「宇宙山」とした由来がある。」
のだそうです。

また、宇宙山と呼ばれていた大明神には

「宇宙山乾坤院の境内にある宇宙稲荷大明神は、明応時代(1492〜1500)に出陣時の必勝祈願のために、伏見から緒川城内に勧請されてきた稲荷天です。現在は交通安全等の祈祷で賑わっています。徳川家康の母、於大は緒川城内で生まれ、このお稲荷さんのもとで育ち、知多民話「狐の嫁入り」の発祥のもととなりました。」
と書かれておりました。



「けんこんか」という言葉に何が込められていたのか、そして何を私たちに伝えたいのか、
感じたことをお話してみたいと思います。


現代の私たちは「のるかそるか」「生きるか死ぬか」「天と地に運命を懸けて」のような大勝負を体験しなくなりました。
賭け事は一般的に嫌われ、勝負に人生を左右されたり、勝負に命を賭けるほど没頭できる勝負事にめぐり合えなかったりするのか、勝負師は姿を消しつつあります。

確かに中国の故事が語るような、また出陣時の祈願と民話が語るような乾坤の世界に足を踏み入れるほどに強烈な勝負事はないかもしれません。


けれども私たちの日常は現代も勝負事の駆け引きが溢れています。
形を変えてはいますけれど、実は毎日「のるかそるか」「天と地に運命をかけて」宇宙山を登っているのではないでしょうか。


「受験」「就職活動」「恋愛」「結婚」「出産」「離婚」
さらに毎日は時間と仕事、育児や家事に追われて戦い続けています。

本気で挑まなければ負けてしまう。

逃げたくても逃げられない自分との大勝負
世界に人はたくさんいるけれども、自分との勝負に勝てるのは自分だけ。

クリスタル未来

そんな宇宙山に登る人間
「乾坤花」



八卦 易占いでは

【乾(ケン)】いぬい
天 健 父 首 西北 また、天・健・馬・首・父・君などを象徴する。とされており、
方角としては北西の方角になり、戌(いぬ)と亥(い)の間であることから乾は「いぬい」とも読まれます。

【坤(コン)】ひつじさる
地 順 母 腹 西南 また、地・順・牛・腹・母・婦徳・胃・補佐役・鈍重・大衆・迷いなどを象徴され、
方位としては西南、すなわち地支の未と申の間、ひつじさるを示す。といわれます。


また、風水では八卦乾坤銭は「物事を発展させる」「運気を上昇させる」という作用や
「財源不断」という財を呼び込む効果があると言われているようです。

このような言葉の意味を合わせて象っていくと、次のようになりました。

子のはな

天なる父と、地なる母に感謝し、首をまっすぐ天に向けて地に腹を据える。
迷いはあれど、乾坤一擲いざ君に向かいて 宇宙山を駆け登り
辿りつくのは未来に咲く「乾坤花」




そんな花にわたしはなりたい。


乾坤花


乾坤つながり

乾坤宝酒
乾坤漢方便秘薬
乾坤体操 不老長寿の体操
乾坤通宝 ゲームアイテム
うふふ

| | 16:27 | comments(0) | trackbacks(1) |
無意識世界が上昇中!?

あなたの無意識・感性・精神・心模様は、最近何だか上昇気流に乗っているような、ざわわな感じがしていませんか?!

hauk

占いカウンセリングをしながらまた、報道されるニュースを聞きながら、そして周囲の人たちとの何気ない会話をしながら、無意識世界が個々人の精神に大きく影響しながら上昇しているように感じています。


「人間の持っている目に見えない世界、特に神話の世界につながっている心の深層世界の次元が明らかに上昇している」と。

どのような形でそれが個々人に現れてくるのかは、それぞれの人の心の安定性や環境によって異なりますが、多くは次のような現象として現れているようです。

★何だか今までの自分とは異なる違う自分を感じる
★自分の意志とは別の力が影響しているように感じる
★テレパシーや夢、心の声などを通して、自分にイメージや言葉が与えられる
★偶然にしてはありえないような出来事が重なって起きている
★直感力や第六感のような感覚世界が際立ってきている
★あまり人に言えないような不思議なことが生じている
★失うものはさらに失い、得るものはさらに得るという現象がつながっていくように感じる
★押し上げられるような、または引き上げられるような、上にむかっている気配を自分の精神に感じる


それらが科学的な根拠や統計的データを持つものでないため、個人がざわわ感を持っていてもそれを口に出して人に伝えることが憚られるのですが、どんなに黙っていても自分の心の変化に目をつぶれるはずはありません。


蝶輪


溢れてくる感性の不思議に、何となくそわそわしながらも目や口を閉じ続けることが次第に出来なくなってきているのではないでしょうか。

このような状況を「意識を超えた無意識世界という聖なる次元への突入」ではないかと私は考えています。

座禅や瞑想、祈りや精神統一など、多くの宗教や精神修養の目的は、全体的な心の会話を通して人格の変容を受け入れる、また自我を消失させる、悟りの境地へ至るということでしょう。 

そしてそれは自分の中にある全人格的な自己との出会い、また自己という元型的な存在を媒介とする集合無意識の中での出会いである、と考えていたユングの禅に対する意見を拒否するものでもありません。

私が出会っている多くの無意識世界上昇を体験しつつある人たちの心の変容を見ていると、それはまるで錬金術師がまさに金を抽出しようとする段階に入っているかのようで、驚きと興奮を覚えます。

聖なる次元については、
「それはちょうど錬金術師が卑金属から黄金を作ろうとして、原起因的な『第一質料(マテリア)』を混合し、蒸留する際に、そのエッセンスをとり逃さないために、密封したフラスコを用いたようなものである。」
と秋山さと子さんも著書「聖なる次元」の中で書いています。

つまり、未知なる新しい人格の誕生の動因となる不思議な体験や、宇宙的でダイナミックな力とエネルギーの変化は、実際におこっている当の本人にとっては、公表してしまうと、そこに貯められてきた「ラッキーな幸運のチャンス」を無駄にしてしまうことになりそうな、または言葉にしてしまえば不思議が二度と訪れなくなってしまうかのような、不安定さを感じるものであるため、そのエッセンスをとり逃さないためには、密封したフラスコ(無意識の壺)の中に閉じ込めておこうとする意識が働く。ということになりましょう。


創造的な聖なる次元に基盤をおく新しい人格は、決して人間的な次元ではありません。

一種光の感覚をお互いに共有するようなものであり、ただ自分の無意識のアンテナを高くしたり無意識の壺のふたを少しずらすだけで、言葉以上に伝え合える波動を感じることが可能となる感覚に似ています。


エジプトの秘術である学問「錬金術」と双璧をなす「占星術」は、人間がその術の助けにより、一度失ってしまった「楽園」を再び獲得することができるよう神が啓示した学問である。とみなされていました。


伝説によると、エデンの園の出口で、天使はアダムに「カバラ」と「錬金術」の奥義を授けたそうです。

そして人類がそれら神の啓示によって与えられた秘術の知恵を完全に修得できれば、禁断の木の実の呪いは取れて、再びエデンの園に入ることができると約束したといいます。 

人間が墜落し、「皮膚の衣」(肉体)を身につけたために、霊的な超越的本性は曇らされてしまい、霊的な死を生きているのだというものです。


ティアラ


今私たちに起きている不思議な感覚を理解するとすれば、実は「カバラ」「錬金術」「占星術」などをはじめとした、古代密儀の伝承に秘められた霊的な次元復活の兆しを現しているものであり、神の啓示の封印が解かれつつあるのではないかという考えにたどり着きます。

グノーシスでいう「認識」への到達です。

「人の子が地から高揚させられ、あらゆる地の性質から浄められる必要がある。そうすれば全きものとなって気の中(天空)へと上昇し、霊に変えられる。かくして哲学者の次の言葉が成就される。『それは地から天に昇り、上なるものと下なるものの力を身におびて、その地上的な皮膚と不浄な性質を脱ぎ捨てる」

「上昇と下降は融和に向かわなくてはならない。対立のあいだをゆれ動くことは、対立のうちにいるという心理であり、対立の両方に均等に作用する中心点の働きに変化するいわゆる『対立からの解放』、むしろ『心理的な変容発展』と呼ぶものである」

グノーシス主義的意味に解釈するとこうなるようです。

さて、無意識世界の次元が上昇しつつある体験を持つ方にからから★からのメッセージをお伝えします♪

フラスコはやたらに開けてはなりません。
浦島太郎の玉手箱と一緒です!


自分の無意識が正しく上昇する世界を受け止められるという確信が得られるまでは、上昇する無意識の力を過信してはいけません。

聖なる次元に属するものは、良いものばかりではないからです。

創造的で神聖な力が解放され上昇するということは、聖なる次元にある超自然的で盲目的な力も解放されるということです。

無制約的で独占的なタブーやカリスマ的狂人的人格が絶対的君主をとってしまうと、誇大妄想をくり広げてしまったり、恐ろしいほどの開放感と極度の自我膨張をひきおこすことがあるからです。

その結果、失ってしまうのは「自己」そのものの存在なのですから。


無意識世界の次元が上昇するという体験は、決して優越する楽しい感覚を持ったラッキーな偶然に出会うことばかりではありません。

現実にはありえないほど強烈な地獄をみるかもしれませんし、気が動転して自分を見失うほど辛い体験かもしれません。

恐ろしい悪霊に憑依されたり、夢にうなされてしまうかもしれません。

びっくり

聖なる無意識世界に突入したとしても、エデンの園に再び入ることが許されるかどうかを判断されるのは、人間感覚や意識ではないからです。

人間の意識が知ることができない世界だからこそ、聖なる次元なのですね♪

| アセンション | 11:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
怖いと嬉しい感情のひみつ
東京多摩地区は大雨と雷が凄まじい勢いを増している。
稲妻を見ながら娘は嬉しそうに笑いながら言う…

「怖いね〜!」


2009年2月22日、マヤ暦ではこの日が新年だった。
新しい年の荷物の担ぎ手は「イク=風」だ。

何かが始まる予感がしていた。

「イク」風


「マヤの人々は一般的には、「風」を好まない。風には悪い霊が住んでいるというのだ。あちらこちらで猛烈に吹き荒れて人体に入りこむ隙を狙い、精神的肉体的変調を引き起こす。マヤのヒーラー、ドン・エリジオ・パンティは『純粋に肉体的原因ではなく、魔術的な力によって病気になる人が多い』という。病は風によってもたらされたものだというのだ。」


「ジャガーの智恵」中央アート出版 ケネス・ジョンソン著
にはこう書かれていた。


私は、悪魔的な力と神的な力を「風」に感じている。

決して油断してはならないほど恐ろしくもあり、と同時に通年以上に研ぎ澄まされた天のスピリットが、良き訪れを予感させる。

言うならば「神性のアンビバレンス」とでもいおうか。

神性のアンビバレンツ


ヘブル語で「悪魔」という言葉は「敵」「反目」「敵意」などを意味しているが、インターナショナルディクショナリーによれば、悪魔とは「神の敵…だが神に従属し、神の許容によってのみ活動することができる」とある。

つまり、「悪魔」とはとてもいかがわしくてアンビバレントな存在ということになる。


悪魔は神を憎んでいるのに、もう一方では神の権威に服従していて、神の暗黙の許しがなければ活動することができないのだ。

神は一方では天使を、そしてもう一方で悪魔を創造した…
そして神は人間を試している。

創世記では、神はエデンの園の中央に善悪を知る木の実を創作して置いているのに、その木の実を食べてはならないと禁じている。

マヤでも同じだ。
「風」には悪い霊が住んでいるとして、マヤの人々は恐れていた。魔術的な力によって病気になるとも。。

しかし一方で「風」は「聖なる息吹」であり、生命のシンボルでもある。宇宙エネルギーがスピリットとして天から注がれ、無限とも言えるパワーが与えられ、自由に使えると信じられていたのだ。



「風」が守護の今年はつまり「アンビバレンス」な年なのだ。

「悪魔」は人間にとって悪ではないのだ。
ゲーテ流にいうと「悪魔とは邪悪にのみ働く力でありながら、善を生み出す力」なのだ。



悪魔的な悪い霊が、風の年にどのような悪戯をするのか…!


1. 集団的なヒステリーを引き起こすだろう
2. 最も有効な武器として「引き伸ばし」をさせるであろう
3. 無視を憎み、注意を引くためにわざと奇抜な行為にでるだろう
4. 混乱を巻き起こすだろう
5. スケープゴート役を演じるものが多くでるであろう
6. 被害者をつくりだすであろう
7. 自己の座を明け渡させてしまうであろう

風の悪戯


実際に生じている風の仕業は、

・新年の荷物を担ぎ始めた「イク」は、早々に新型インフルエンザという感染病原体を飛ばしている。
・ネコや鳥の感覚が研ぎ澄まされ、驚くほど敏感に反応するようになっている。
・精神的に安定していて、さして大きな問題や困難を抱えているわけでもない「普通の人」の霊的な感覚に変化が生じている。
・混乱の形態が、渦を巻くように素粒子が混ざり合って事の本質を見破られないようにさせている。
・甘い蜜の入ったマナを目の前で与えられ、人間が動物のままであるように気の集中を奪おうとしている。
・政治的、経済的、学術的、芸術的に優れた人がこの世界を神の世界に近づけないように、足を引っ張っている。


マヤの国は太陽に服従し、太陽のために生きる太陽の国である。

空が限りなく拡がり、谷も山もない地域、川も流れない…これほど太陽に近い大地に生きる民族にとって、天の法則を識ることは、何よりも必要なことだった。

そしてマヤ人は3つの重要な天体…太陽、月、そして金星を観察し、最も正確な暦を案出したのだ。
そこから「太陽の伝説」が生まれたのだ。

メキシコ人は「ケツァルコアトル」という名前を、大昔に生きた神を指すと同時に、宗教的指導者を指す称号としても使っていた。

マヤでは神の特別な予言が伝えられていた。
「1・葦」と言われる年、ケツァルコアトルが帰還する。

光をもたらすもの…「翼ある蛇」であるケツァルコアトルは、「風」の神の化身である。


風は「呼吸」なのだ。

人間は呼吸を止めると死んでしまう。
「風」は呼吸であり、生命の息吹そのものであり、特別な「翼ある蛇」ケツァルコアトル神の力を帯びている象徴なのだ。

「風」なくして人間は生きられないのだ。


悪魔は「風」を利用して、人間に神の両価性を知らせようとする。


「わたしは悪魔ではない。おまえの神聖な善の反対である。ただそれだけである。」と。


風がどのようにこの世界に悪戯をしたとしても、それは「悪」ではないのだ。

それは油断してはならない魔術的な力であり、悪い霊が宿るには好都合であると同時に、良き訪れでもある。

新型インフルエンザの猛威という知らせと病原体の存在に人間はおどらされ、集団的なヒステリーを引き起こす前に、私たちは風が悪戯をしている真の狙いを捜し求めなくてはならないのだ。


善と悪のミステリーについて、キリストも言っているではないか!
「わたしは平安をもたらすために来たのではない。剣を投げ込むためにきたのだ。」と。

古代マヤの人たちが伝えようとした神聖暦の知恵には、現代の私たちが忘れている「最も大切な真理」が隠されているのだ。

雷や稲妻は強い力を象徴し、怖い気持ちと同時に、わくわくさせることもできるのだから!

それを忘れてしまう愚かな人間になってはならない。


Ave Maria
| 無意識の真実 | 20:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
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