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  • 2017.06.23 Friday
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世界遺産&文化遺産

マヤの象徴と太陽の時代



昨年から今年にかけて「マヤの神秘」に惹きこまれていた私は、自分でも何の目的もわからないままずっと不思議な迷路に迷い込んでいました。
確かに私にイメージを送る声は聞こえるのですが、何を言っているのか何を伝えたいのかもわからず、無意識のイメージと直感だけを頼りに、マヤに関する書物を手に取っては読みあさりました。

今でもまだ確かな道は見えていません。
しかし私の意識が知る以上に私の無意識は「マヤからのメッセージ」の象徴する「何か」を掴みかけているようです。
私だけに聞こえているのか、他の人にも送られているのかはわかりません。
でも「何か」を伝えようとする波動は、今もどこかで振動し続けているように思えるのです。


天地創造

ファースト・ファザーとファースト・マザーによって創造されたマヤの宇宙は、最初3つの部分に分かれていました。天国・黄泉の国、そして大地です。神々の住まいである天国は13層からなるピラミッド型でした。同じように黄泉の国も9層からなる逆ピラミッド型でした。
そしてこの「天国」と「黄泉の国」との間に、人間が住む世界の「天」と「地」があるのです。
象徴的な存在であった王の身体を通して、渦巻のように上昇する生命力を目覚めさせるために、霊的訓練に関わる儀式は大切でした。なぜなら、宇宙の中心に位置するピラミッドは、世界樹の象徴であり、その頂点に立つマヤの王は、シャーマンであり象徴的な宇宙の中心だったからです。


生命の樹

「生命の樹」は、文化的民族的境界を持たない数少ないシンボルの一つです。エデンの園の中央にそびえ立っている樹でもあり、古いバビロニア神話からヘブライ神話へと受け継がれてきたもので、キリストの十字架もまた「生命の樹」であると言われています。
この世界の中心に立っている「生命の樹」は、宇宙の中心を象徴していて、軸を中心にすべてが回転するのです。この樹の持つ生命エネルギーは、すべてのものの中心であり、地上と天上を結ぶ大動脈なのです。


(マヤの生命樹)

二つのマヤ文字で表す「世界樹」を「ワカフ・チャン」といい、「上昇する空」または天上の白い道である「天の川」を指す概念を持っているそうです。
時間を超えた聖なる時間、通常の現実が通用しない内側と外側の調和が取れた世界は、不安定なまま絶えず発展を続ける生命の樹なのです。また人体には内なる樹があって、地球の持つ生命力が内なる世界樹を駆け登り、脊椎を流れて命を支えています。

マヤのカレンダーは、人間意識の成長の象徴として、わたしたちを聖なる時のピラミッドへと導いてくれます。それは「生命の道」であり、受胎と誕生を遡って祖先まで至る永遠の旅にその根を張り、未来へと向かって命の樹を成長させているのです。


この「世界樹」を軸の中心として、東西南北の四つの方向には様々な意味や概念があります。


日の出、春の方向 始まりを象徴し、行動や思考を生み出すエネルギーを象徴する。赤色 霊的にも物質的にも未来と対面していることを象徴。東は太陽神や生命、明けの明星である金星と結びついていた。

西
日の入り、秋の方向 変容の方向であり、黄泉の国をのぞく「空飛ぶ蛇」の顔である。青色か黒 誕生から霊的な変容へと向かう「生命の道」 ジャガーは夜の太陽の化身であり、人の目には見えない太陽を象徴する暗闇死者の国を象徴した。


「下」を意味し、大地の下からやってくる神秘的な生成力・生命力の象徴。黄色で「豊かさ」の方向でもある。男性エネルギーを象徴し、家系の力と豊かさを象徴する。


「上」を意味し、そこは天頂の太陽の位置である。またこの世を旅立った祖霊と結びつき、あの世へと向かう道である。智恵という意味を持ち、色は白。女性性を表わす方向。

中心
緑色。「生命の樹」が育つ場所。

マヤが象徴する生命樹の体系は、ユダヤ神秘主義思想のカバラの概念や中世錬金術の哲学象徴体系のみでなく、精神分析学者ユングの集合的無意識を表わす概念にとても良く似ています。
マヤ文明が残した数々の文化遺産や遺跡、神話や象徴絵図などを紐解くことは、私たち現代人が失いつつある大切な真理を知るための大きな手がかりとなることは間違いありません。
マヤの巨大な謎の世界に足を一歩踏み入れたときから、人はその不思議な神秘に魅了されます。まるで時の魔法にかけられてしまったかのようですね。


マヤの太陽

メキシコの人類学博物館にあるアステカの「暦の石」には、太陽神の顔の周りに昔の四つの時代が象徴的に表現されています。そのことに興味を持ったコットレルは、「ヴァチカン・ラテン絵文書」の中に時代をめぐっての記録を見つけたといいます。
さらに作者不詳の写本「太陽の伝説」に収録されていた物語にも、時代についての記録として象徴的な重要性をもっていると考えました。
ここでは太陽についての物語と象徴的な意味を書き出してみました。


第一の太陽 マトラクティリ

4008年間。この時代の人々はトウモロコシ(コーン)を食べ、巨人だった。太陽は水によって破壊された。それはアパチオワリストリ(洪水)、降りつづく雨と呼ばれた。人間は魚になった。ネネとタタという男女だけが難を逃れて、水のそばの古い木にかくまわれたとも伝えられている。あるいは、七組の男女が水が引くまで洞窟に隠れていたとも言われている。
チャク・チェル(年老いた女神)が壺の水を注いでいる。その下では、金星を表わしていると思われる戦士がしゃがんでいる。チャク・チェルの上には、金星、火星、水星、木星のしるしをつけた天のワニがいる。このワニは、おそらく天の川を表わしていて、口を開けて洪水を吐き出している。その意味するところは、世界は雨の女神の命令に従い、大洪水によって破壊された。そしてその破壊は天体・・・つまり太陽系の惑星の大きな周期が完結したことを意味している。


第二の太陽 エエカトル

4010年間。人々はアコツィントリという野生の果実を食べていた。太陽はエエカトル(風の神)に破壊され、人間は猿に変身し、木々にしがみついて生き延びた。これは「一の犬」の年(チェ・イツキントリ)に起こった。岩の上に立っていた一組の男女だけがこの破壊から救われた。、この時代は黄金時代と呼ばれ、風の神エエカトルに統治されていた。
エエカトルはケツァルコアトルに似ていて、ケツァル鳥に象徴される。
この時代を滅ぼしたのは、おそらくハリケーン並みの強い風であったとも言われており、『太陽の伝説』には、「人間は木にぶらさがって生き残るために猿に姿を変えた」と書かれている。

第三の太陽 トレイキヤウィロ

4081年間。この時代の人間は、第二の太陽の時代を生き延びた男女の子孫である。彼らはツィンコアコクという果実を食べていた。世界はチクナウィ・オリンの日に、火によって破壊された。この時代はツォンチチルチック(赤い頭)と名づけられ、火の神に統治された。アステカ人とマヤ人にとっての火の儀式は「再生」という考え方と結びついていた。
火には有機体を根源元素に戻し、その過程で熱と光を放出するという性質があるためである。
この時代はまた、初期マヤ文明の誕生の時期でもあった。
第三の時代の人々は森に守られていた庇護を離れ、第二の時代に破壊された世界の再建に着手したのだ。アステカとマヤの人々が行なった「火の儀式」は、再生という考え方と結びついている。つまり我々とは違った意味で火を崇めていたのだ。彼らは火を、太陽を再生させる手段として見なしていたということだ。


第四の太陽 ツォントリラク

5026年間。トゥーラが創始したこの時代は、ツォントリラク(黒い髪)と呼ばれた。人間は血と火の雨ののち、飢え死にした。
紀元前3100年頃に始まった第四の時代にとってもっとも重要な出来事は、『太陽の伝説』にあるとおり、ケツァルコアトルという「神」によって伝説の美しい都市「トゥーラ」が建設されたことだ。
予言者として英雄的存在だった「ケツァルコアトル」が建設したこの美しい都市・・・それこそが「神の聖なる町」という意味を持つ「テオティワカン」であったと言われている。 建設された町は第四の時代が終わる西暦750年頃まで栄え続けていたという。しかしこの頃に太陽の黒点が減少し、太陽から直接放射される熱によって人々の出生率が激減した。旱魃が広がり、穀物は枯れはて、飢饉が生存者たちを襲ったという。生き残ったものたちは、太陽の時代の終わりを予感し、聖なる町であるテオティワカンを地中に埋めて、その力が太陽に戻ることを祈りながら埋めることの出来なかった部分に火を放ったという。


第五の太陽 ナウイ・オリン

灰になってしまったテオティワカンから、第五のアステカの太陽「ナウイ・オリン」が誕生した。
第四の太陽の時代に生き残った人々は、北から移民してきた者とケツァルコアトルの称号を持った別の指導者の力を得ながら、新しい都市の建設にかかったという。しかしケツァルコアトルの弟の猛烈な嫉妬心により、ケツァルコアトルはその町を去らざるをえなくなった。それと同じ時期テオティワカンの発展と対応し、ユカタン半島ではマヤ文明が発展していった。
ケツァルコアトル神話「クアウフティトランの年代記」

探し求めていた地に到着すると、ケツァルコアトルはふたたび涙を流し、苦しんだ。この「一の葦」の年、海原の岸辺、空と水の交わるところに着いたとき、ケツァルコアトルは立ち上がり、泣いた。彼は盛装し、羽毛と大切な仮面を身につけた。着替えがすむと彼は、覚悟して体を燃やした。火の上に身を投げたのだ。このため、ケツァルコアトルが火に身を投げたところは「火葬の場」と呼ばれる。
ケツァルコアトルが火に身を投じると、灰が舞い上がり、あらゆる種類の美しい鳥たちが現われ、空に昇っていくのが見られた。・・・・・彼がすっかり灰になると、ケツァルコアトル鳥の心臓が昇っていった。心臓は空を昇り、空に入っていった。老人は、ケツァルコアトルが金星になったという。そしてこの星が現われたとき、ケツァルコアトルは死んだといわれている。このときから、彼は「夜明けの王」と呼ばれた。

ケツァルコアトルは、自分の心臓を生け贄に捧げ、白熱を発して燃え上がり、天に昇ってもっとも白く明るく輝く星「金星」になったということから、新しい時代の始まりとの間に密接なつながりをもち、金星の誕生はマヤにとって暦の上で重要な意味を持っていることになる。ケツァルコアトルという名はマヤの名称では「ククルカン」であり、天界の神を表わしていたといわれている。(太陽の伝説と「ドレスデン絵文書」)

マヤの予言
マヤの予言
エイドリアン ギルバート, モーリス コットレル, Adrian G. Gilbert, Maurice M. Cotterell, 田中 真知

独自にマヤの暦や神話の研究を進めてきたモーリス・コットレルは、パレンケの蓋に彫りこまれた図案とそのモチーフが意味するところの謎を解明に取組み、独自の理論を展開発表しています。
彫刻には「創造の四つの時代」は描かれているが、なぜか「第五の時代」に関する情報が蓋には欠けていることに彼は疑問を抱きました。蓋の角が欠落しているのが「解読のメカニズム」に何らかの形で関わっているはずだと考えた彼は蓋の縁を飾っている彫刻に焦点を当てて独自に解読を試みたのです。そして彼は見事に暗号の解読に成功し、第五の時代と対応する象徴を発見するに至りました。
それは現在の太陽の時代の象徴・・・「ジャガー」でした。


マヤ文明におけるジャガーは、闇を住みかとする夜行性のネコとして大地の王の化身でもあります。
真昼の太陽を光の中に飛翔する「ワシ」に例えるとするなら、夜の太陽は夜空にきらめく星をあらわすまだら模様を持つ「ジャガー」に例えられるのです。
太陽の旅はメソアメリカの神話の中心的メタファーであり、人間意識の永遠の旅と変容を表わしていました。「闇の太陽」に象徴されるジャガーは、目には見えない「太陽ジャガー」に変装し、冥界という「無意識界」を旅することになるのです。年老いた賢いジャガーは、葉巻をふかし、獲物を狙って現代もマヤ人の間を闊歩しています。

さらに驚くことにその象徴する闇の帝王は、罰当たりにも、キリストとホモセクシャルな関係を持っていて異端的であると伝えられています。
他にもジャガーは、山や動物との象徴的に結びついていて、山々に住む精霊として、霊的な力を山々に授けているとも言われています。
ジャガーは、ユングが無意識界でも取り上げたかの有名なマーリンの化身でもあったというわけです。

目に見えない太陽ジャガーが、第五の太陽の時代である現代を象徴するモティーフであるとするならば、それはマーリンの叫びが地上界に届いているという証であり、ユングの語ろうとしていた無意識界のイメージは正しかったということが証明されるはずです。

無意識という闇の世界を住処とする「太陽ジャガー」は、真昼の太陽が沈みかける頃、その力をアピールしながら、私たち現代人に時の知らせを告げに来ているのかもしれないのです。

また「真夜中の太陽」を象徴することがらが、錬金術の神秘の一部にあります。
それは人間の体の暗闇に輝いている人間の霊を象徴しています。
神秘家には真昼に見るのと同じように真夜中にも神秘的な光を放つ「真夜中の太陽」を見ることが出来るというものです。
誰もが手に入れることのできない「賢者の石」を錬金術師が求めたように、闇を住みかとする「太陽ジャガー」を求めて現代人は彷徨っているのではないでしょうか。



「マヤの予言」の著者は、マヤの暦の周期が太陽活動の様々な周期と驚くほどぴたりと一致していることに気づき、そこには天文学的な観察の成果が盛り込まれていることを発見しました。
さらに、マヤの「絵文書」や「碑文」には、将来についての予言が、後世へのメッセージとして記されているのではないかという仮説を立て、「パレンケの蓋」に注目し、蓋に刻まれた謎めいた絵を独自の仕方で解釈することを試みました。

ケツァルコアトル=ククルカンの神話にも、天文学や歴史的なものだけでなく、もっと多くの隠された意味が含まれているとも言います。
また、ケツァルコアトルを「羽毛のある蛇」として表現するとき、そこには二元的な特徴があり、「羽毛」は軽やかで精神的な父性の性質を、「蛇」は肉体的な創造と関係の深い母性の性質を意味しています。
神秘的な理解をするならば、「羽毛のある蛇」というシンボルは、知識のある秘儀参入者には相反する二つの性質が備わっていること・・つまり精神的なものと物質的なものがあり、蛇が脱皮して新しい皮に生まれ変わるように個体性を明けわたし、個人のエゴを脱ぎ捨てなければならないということ。そしてまったく一人きりで生ける犠牲を捧げることによって「ケツァルコアトル」になり、再生によって宇宙意識とつながるという教えにつながるのです。
またマヤ神話の中では、救世主の神である「ケツァルコアトル」は、水中から出てきて、一族に文明の神髄を教えた後、恐ろしい「火鏡」の神の怒りを免れるために、新開地へ戻ってくると約束したまま、蛇から成る魔法の筏に乗って沖合いの海へと出て行き、二度と引き返してはこなかったといいます。


第五の太陽の時代の象徴・・・ジャガー
ジャガーの象徴・・・闇の帝王、真夜中の太陽、マーリンの化身
闇に輝く真夜中の太陽・・・無意識の光と影
ケツァルコアトル(ククルカン)「羽毛のある蛇」のシンボルが意味するもの

マヤの象徴から真理を伝える言葉が聞こえてきそうです。



チラム・バラムの預言によれば、第五の太陽の時代は2012年の12月に終わるといわれています。

グレートサイクルが終わることが意味するのは、マヤでいう世界樹の中心に入るということ、偉大なる賢者「翼ある蛇(ケツァルコアトル)」が帰還する日であること、そして太陽が黄道帯の接合点で銀河の中心に位置するということです。それは、太陽がこのグレートサイクルの終わりのとき、すべてのものの「中心」に位置することになるということです。
このときマヤの予言が成就するならば、それは霊的な再生やメシアであるケツァルコアトルの帰還ということになるわけです。
それが「アセンションの時」と言われる所以なのではないでしょうか。

グレートサイクルの終わりは、新しいグレートサイクルの始まりにすぎません。
そこで地球が滅亡してしまうということではありません。
グレートサイクルは紀元前3114年に始まり、5125年続きます。
そしてこのサイクルがおわるその日は、ある占星術師によれば数千年に一度起こるか起こらないかの珍しい日になると言われています。

マヤが残してくれた文化遺産から、私たち現代人は何を学ぶことが出来るのか、何を伝えようと何を知らせようとしているのか、をもう一度考えてみる必要があるのではないでしょうか。
  • 2008.02.29 Friday
  • 19:16

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